獄寺くんの誕生日から早一ヶ月。
今日は10月11日。
残暑の暑さもどこへやら。
少し湿気を含んだ心地よい風が、教室のカーテンをふわふわと揺らしながら、通り抜けてゆく。
そんな一年のうちに数カ月しか無いような過ごしやすい気候に加え、
白髪交じりのおじいちゃん先生が教える、ひたすら眠気を誘う数学の授業中にもかかわらず、
両の目の下に酷いクマをこしらえたツナは、斜め前にある空席を、じっと睨みつけていた。
(――ここ二週間ほど、獄寺くんは学校を休んでいる)
携帯に電話をしても、家の前まで行ってインターホンを押してみても、
全くという程、音沙汰が無い。
いつものように、ダイナマイトを仕入れにイタリアに行ったのだろうかとも思ったのだけれど、
自分にひとことも連絡をくれないのはおかしいし、何か知らないかとリボーンや山本にも聞いてみたが、
皆が皆揃って、「獄寺のことはツナが一番よく知ってんじゃねーのか?」と声を揃えて言った。
(知ってたら、こんなにうじうじ悩んでないよ――!)
本当に、毎日四六時中彼のことばかり考えていて、おかげで俺はひどい寝不足なのだ。
獄寺くんはもともと、日本の中学なんかに通う必要もない、立派なイタリアンマフィアの構成員だ。
だから決して、今が「異常」という状態でもないことは、俺も十分にわかっている。
でもそれだからこそ、余計に、どこかで抗争に巻き込まれて、動けないような大怪我をしてるんじゃないかとか、
敵対するマフィアに捕まって、人質にされてるんじゃないかとか、危ないことばっかりが思いつくんだ。
(――獄寺くん、ホントどこ行っちゃったんだよ…!)
獄寺くんが山本みたいになんでも器用にこなせてしまうような人だったら、こんなに心配する必要はないのに…。
頭はものすごくいいくせに、とんでもなく真っ直ぐで不器用な君だから、本当に放っておけないんだよ…!
――しかも、今回の騒動は、絶対に俺がらみだ。
獄寺くんは居なくなる数週間前から。…いや、よく思い出してみれば、獄寺くんの誕生会をしたあの日の翌日から
彼の様子はおかしかったんだ。
ただ、「獄寺くんってちょっと変わってるしな、今回はどうしたんだろ?」くらいにしか、
俺が気にも留めずにスルーしてしまったから、事は大きくなってしまった。
(半分は俺の責任だ…)
きっと、ずっとひとり悩んでたんだ。
「俺はじゅうだいめのおそばにいる資格がねぇ…」とか、「俺がいない方がじゅうだいめは幸せになれる」とか、
そんなことを考えて居なくなったに決まっている。
だって本当に、今思えば彼の行動は俺に対してだけおかしかったんだ。
――遡れば一ヶ月ほど前。
獄寺くんの誕生日をした日、九月の九日は金曜日だった。
だから俺と山本は彼のうちに一泊して、土曜日の午前中に帰ったんだ。
獄寺くんがマンションの前まで送ってくれたけれど、確か、その時は特に変わった様子は無かったと思う。
でもそう、でもだ。
毎週のように、土日にうちに遊びに来る彼が、その週に限って姿を見せなかった。
(獄寺くんがいないとランボとケンカもしないし、家の中が静かだなぁ…!ゲームでもしよ♪)
……と、俺のことをいつも一番に考えて、たくさんのお土産を抱えて遊びに来てくれる彼に、
俺はものすごく薄情なことを思ったんだ。
(獄寺くん、本当に、ごめんね…)
思い返せばいつも、彼のする行動は俺のためという前提があった。
毎日の朝と夕の送り迎え。
じゅうだいめ候補となった俺がいつ狙われるか分からないから。
こんな平和な日本でも、いついかなる時でも俺を守るため。
放課後、遅くまで俺の勉強を見てくれた。
俺が少しでも良い成績が取れるように。
宿題が終わったりテストの成績がよかったりすると、彼もいっしょになって喜んでくれた。
彼の部屋に増えていった、ゲームやマンガ本。
これはチビ達に邪魔されないで、俺が大好きなゲームやマンガを楽しめるように。
彼本人がそう言ってた。
何も入っていなかった冷蔵庫に必ず常備され始めた、コーラや牛乳。それにデザート。
俺がいつ彼の家に行きたいと言ってもいいように。
……残っちゃった分はどうしてたんだろうか…?
――挙げれば本当にキリがない。
こんなに獄寺くんは俺のことを考えてくれていたのに、俺といったらそれに甘んじてばっかりで、
そんな日常があたり前のことのようになってしまっていた。
(一度失って、やっとその大切さに気付いたんだ)
――そしてその次の週。彼はいつものように俺を迎えに来てくれたけれど、目の下に隠しきれない酷いクマがあった。
「どうしたの?」って聞いても、彼は「なんでもありません。だいじょうぶです!」って言うだけで、
(俺には言いたくないことなのかなぁ)って、それ以上突っ込むことはしなかったけれど、
あの時、もっとしつこく問い詰めていれば良かったんだ…!
――そして彼は、次第に俺の視線を避けるようになった。
俺が話しかけると慌てて視線を逸らしたり、彼の視線を感じてそちらを向けば、途端に逸らされた。
俺は獄寺くんに嫌われたんじゃないかと思って、彼が席を外したうちに山本に相談してみたんだけれど、
「獄寺がツナを嫌うなんて、ありえないのなー!」と、あっさりと一蹴されてしまった。
――しかし事は、次第に深刻さを増していった。
次の週から、彼は俺を迎えに来なくなったんだ。
(……出会ったころから、ずっと変わらない習慣だったのに……!)
でも最初の頃は、少しだけど授業には顔を出していた。
それは午前中だけだったり、午後の1時間だけだったり、フラッと来てはフラッと居なくなるという感じだった。
そして日を追うにつれて、彼は俺の前に姿を見せなくなった。
それでも学校には来ていたみたいで、屋上にタバコの吸い殻が山になってあったり、
保健室のベッドの上に、彼の愛用のジッポライターが転がっていたりすることがあった。
彼の姿を目で探しつつも直接会うことは出来なくて、
彼のいた形跡を見つけては、いま彼が無事なことを知ってホッとしたものだった。
――しかしその彼が、今はどこにいるのかも分からない…。
獄寺くんが学校を休むようになってから、クラス内の女子だけでなく、学年の違う女の子達までが
彼を訪ねて俺のもとへと来るようになった。
それは授業と授業のあいだの短い休み時間だったり、昼食中だったり、はたまた下校途中だったり、
人の都合なんて考えもせずに俺を呼びとめて、
「獄寺くんはどうしたの?なんで学校へ来ないの?どこにいるの?大丈夫なの?病気じゃないの?」と、しつこく尋ねてくるのだ。
そのたびに俺は、「大丈夫だよ。たぶんイタリアに帰国してるんじゃないかな」とか「すぐに戻ってくるよ」とか、
あいまいな嘘を毎日のように重ねた。
しかしそれが1週間ほど続くと、彼女たちはついに痺れを切らして、俺を攻め立てるようになった。
「獄寺くん、全然戻ってこないじゃない!」
「病気で入院してるんじゃないの!?お見舞いに行くから場所を教えて!!」
「ダメツナのうそつき!!獄寺くん、本当はどこにいるのよ!?」
「ダメツナは獄寺くんの居場所、知ってるんでしょ!?早く本当のことを言いなさいよ!!」
などなど…。そんな罵声が毎日のように俺に向けて飛んでくるのだ。
(――だって、仕方がないじゃないか…!!俺だって何も知らないんだから……!!)
山本が近くにいれば、そんな俺を、さりげなく助けてくれた。
山本だって彼女たちから質問攻めにあっているのではと思っていたのだが、それはまったくの杞憂で、
さりげなくさらりと笑顔で話を避わしてしまえる山本は、彼女たちの怒りの矛先とは成り得なかったのだ。
そして俺は最近毎日のように、放課後の空いた時間や、夜中の皆が眠っている時間を使って、
地道に彼を探し始めた。
――並盛じゅうを、彼の居そうなところを、ただひたすら、毎日走りまわった。
駅、ショッピングモール、商店街、公園、図書館、ホテル、彼の居そうなところはシラミ潰しに当たった。
しかし、未だに見つけられてはいない。
(あと残ってるのは…、並盛の森、くらいか……)
しかしこれは「彼が並盛に居る」ということが前提な訳で、イタリアに帰られでもしてしまっていたら
今自分がしていることは全く意味の無いことになってしまう。
――けれど、なんとなくだけれど、彼はまだ自分の近くに居るような気がするのだ。
これがボンゴレの超直感だろうか…。
(とりあえず、居なくなった理由を聞き出すまでは、俺は頑張らなくちゃいけない…!)
――そうツナは硬く決意をして、彼が居るはずだった席を、再びじいっと睨みつけた。
つづく